関西武将大辞典

お寺

本願寺顕如

本願寺顕如

一般的に、宗教と言うとその宗教自体、もしくはそれに使える僧が信者を救うものと言うイメージがありますが、当時「一向宗」と呼ばれた本願寺では信者自身も他の人に対して救いの手を差し伸べることが許されていて、信者同士の結束力は凄まじいものでした。

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浅井長政

浅井長政

浅井長政はあの織田信長の義理の弟です。 16歳という若さで父親を隠居させ、家督を引き継いだやり手の武将です。 浅井家は当時近江の国を治めていた大名でしたが、近江を支配していたのは京極家で、浅井家はその配下に納まるしかありませんでした。

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明智光秀

明智光秀

明智光秀と言えばあの織田信長を本能寺で暗殺した武将として有名ですよね。 本能寺の変で主君に対して謀反を起こした人物と言うと、かなり荒々しく粗暴なイメージがあるかもしれませんが、光秀は非常に優れた鉄砲技術と和歌を得意とし、まさに文武両道の武将だったと言われています。

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筒井順慶

筒井順慶

筒井順慶は戦国時代の武将です。 なんと戦国大名だった父が、筒井順慶が2歳の時に病死してしまったため、幼くして家督を継ぐことになりました。 父が亡くなった当時、戦国時代と言うことで周囲には敵ばかり。

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明智左馬助

明智左馬助

あの真田信繁は、真田幸村という別名があったことで有名ですが、 この明智左馬助は、別名どころか他に複数の名前があった謎の武将として知られています。 最初の頃は三宅弥平次と言う名前でしたが、明智光秀の娘と結婚したことで明智の名を名乗るようになります。

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サイト紹介

家紋

私が幼少期を過ごした町にある公園の中に、とある武将のお墓がありました。 武将の名前が付けられたその公園は、私達の遊び場でした。 遊具もブランコとシーソーとジャングルジムが1つずつあるだけの何てことのない田舎の公園でしたが、お墓がある付近だけ公園内よりもさらに緑が多く、ひっそりと静まり帰っていて、なんだか秘密基地のようでわくわくした覚えがあります。 まだ幼かった私にとってはかくれんぼするには最適の公園、という認識しかなく、何故その公園が市のアピールとして頻繁に使用されているのかが理解できませんでしたが、 大人になってみると、そのお墓に眠る武将は戦国時代の有名な武将で、山奥の田舎町にとっては何よりのアピールポイントだったんだなとようやくわかりました。 今思えば、確かに見知らぬ人がなにやらカメラを片手に訪れていて、当時はこんな公園写しても何にもならないのになあと不思議に思っていました。 大人になった今、もう一度あの公園に行くときっと当時とは全く違う印象を受けるんだと思います。 関西にもそんな風に、人々の日常に当たり前のように溶け込んだ隠れた名所が沢山あります。 特に戦国時代の武将とゆかりのある名所が多く、戦国ファン必見のスポットばかりです。 私がよく遊んでいた公園のように山奥にある訳ではなく、駅から徒歩すぐのところにあるスポットもあるんですよ。 このサイトでは関西にゆかりのある武将と、その武将にまつわるスポットを紹介していきます。

名所が多い関西地方

関西には歴史的名所が多くあります。特に、戦国時代の武将ゆかりの地が多いです。 滋賀県には、浅井長政とその父、祖父の3代に渡ったお墓があり、奈良県には筒井順慶のお墓が、明智光秀の首塚は京都に複数個所設けられています。 また、滋賀県はあの石田三成の生まれの地としてちょっと変わった地域PR動画で話題となっています。 わざと画質を荒くした昭和感漂う奇妙なPR動画はインパクトがすさまじく、実際にSNSなどを通して大規模に拡散され、ニュースにも取り上げられました。 大阪には真田信繁が最期を迎えた神社や、その他ゆかりの地が沢山あり、最近では大河ドラマ「真田丸」の勢いを取り込もうと大々的にアピールを行っています。 歴史ファンの中でも戦国武将は数々のドラマがあり、幕末隊士に負けず劣らず熱烈に愛されています。 武将達をモデルにしたアニメやゲームなんかもあって、これまで教科書や歴史小説などでしか振り返ることのできなかった武将達の人生が、また現代の新しい形として語られるようになりました。 主君に忠誠を近い、天下を取るために、それぞれたった1つの目標に向けて命を懸けてひたすら突き進む様が歴史ファンの胸を一層掴んでいるようです。 そんな戦国武将ファンにはたまらない聖地が、関西には沢山ありますよ。関西の歴史的な名所巡りをするなら大阪の歴史に詳しいこちらのサイトをチェックしましょう。旅行をする際にはとてもオススメです。